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恐怖について2 ケイト・シエラ

5リズムのシニア・ティーチャー、ケイトのインタビュー記事、後半です。

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恐怖というこのおっかない生き物は、ワクワクの3センチ隣に住むものから身の毛のよだつものや、おいしいものまであるけど、その端っこは健康的な範囲の振り幅の中に入っている。恐怖って、新しい見解へジャンプするためのチャンス。自分たちをアップデートしなくちゃ!

適切なサポートの中では恐怖はサスティナブル(継続可能)に新しく変わっていくためのきっかけであり、誘発剤。自己内対話のほとんどがネガティブで恐怖に根付いている。けど、恐怖を所有しているという事は、物事を変容させることができるということ。

私は自分自身を、まるで親友に接するように扱うようにしています。そして私は親友が大好きでとても愛おしく思う。これは大変な事で、習得するのに時間がかかりました。他人の愛し方とは、全く自分の愛し方であり、それは大いなる気づきになりました。このコンセプトは別な言い方にすれば、もし自分を愛せなかったら人を愛せないという、深く横たわる、自己愛に関すること。

その日によって恐怖が隠れたり物事を動かすモチベーションになったりする。私は恐ろしいスペースの中で、時には犠牲者、かわいそうな私に敬意を払い贅沢な時間を過ごすこともあるけれども、上向きへスイングもする。恐怖は単なる私の一面にすぎず、私という物語のオーケストラの全部ではないことも知っています。

私が最も恐れるのは、一長一短の自分自身(骨についた肉が多すぎる)。私はあまりにも明るすぎる、その明るさが大きすぎるという恐れがあります。私は鹿のか弱いハートを持った野生のスタリオン(種馬)。両極を持つ、私のユニークな要素であるパワーと無防備なまでの弱さが受け入れられないかもしれないという恐怖。

私の恐怖は勇敢になりたがっていて、たえず成長し、強さが出てくるようチャレンジしたい。楽しくいい時を過ごしたがっている!。恐怖とは心地よさと心地悪さのジャーニーです。真珠を作るために貝殻の下でささえる砂のよう。

現在住んでいるロサンゼルスを例に挙げてみれば、この場所に根をおろすのに時間がかかりました。1990年代、20代のころ若くて独身の私はロサンゼルスで衣装のスタイリストをしていました。2007年にここへもう一度家族とともに引っ越してきたけどが私のホっとできる所ではなかったし、私の選択でもなかった。友達もおらず、仕事も親戚もなかった。ロンドンやパリ、ニューヨークにはない、ロサンゼルスは私にとっては新しい恐怖の街。そこへ全ての驚異とともに個人的に自分をなじませていかなくてはならなかったのです。

だけど「人」が鍵を握る。

簡単に魔法にかかることを許さない街。一生懸命すぎてもいけない。この都市は謎めいた生き物で、この中でストレンジャーであることは変な感覚。まるで移植を拒絶し、シェイクされ新しい形に私たちを作るような、、楽な経験じゃなかった。意味のある関係性を築くには時間がかかる。

そして11年後、私はバスケットいっぱいの友情と私を支える仕事の環境を手に入れました。今、私はここを自分の場所として感じ、全体だと感じられるようになったのです。

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